「土師一雄って誰?パート2」


高校三年の時、ABC Lab.Band(昭島の
アマチュアビッグ・バンド)に参加

ジャズ・トロンボーンとビッグ・バンド
コピーに明け暮れる

同時期 トロンボーンをN饗の伊藤清
ピアノを桐朋の中根ひろ子氏に師事

20才の時アメリカへ留学
カールトン・マクベス氏に師事

(ラッパの小林正弘君と)
小林君は今や日本で一番ギャラの高
ホーン奏者らしい

彼の名をレコードで初めて見つけたのは
山下達郎の「SPARKLE」という名盤だった

私とはえらい違いである・・・・

   
アメリカはさすがに何でも規格がデカく
一ヶ月で10キロ太る・・・

は後に親友になる「ゲイリー・ブッシャート」
 私より3つ程上か(バス・トロの名手)

初めUSの生徒はアジアから来た者を見下して
いたが、演奏を始めるとガラッと態度を変えた
良くも悪くもアメリカだ・・・

金が底をつきジャガイモをスライスして焼き,
塩をかけ、水を飲みながら食うといった時も
あった・・・・
しかしこの時期があったからこそである

(ヒューストン 生徒宿舎の前で)

   
帰国後、唄とキーボードでバンド結成

「養老の滝」でミーティングした為(?)
「生一丁目バンド」と命名

オリジナルはジノ・ヴァネリの影響濃い曲と
バカみたいにポップな曲の両極端

今のHASH!同様メンバーが壊れ始め
化粧やコスプレまで平気になる・・・・

新年会で13人(うち女子4〜5人)でボトルを
9本あける・・・・しかも2次会で

(練習場所の武蔵大学の体育館裏で)

 <<PREV      >>NEXT   あ、それっ あ、どっこい、